VOICE02 -Yusaku Arts Works-
風の谷のナウシカ 【コミック版】 が僕の本棚で輝いている。

風の谷のナウシカについて

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巨匠・宮崎駿先生が徳間書店のアニメ情報誌『アニメージュ』誌上にて発表したSF・ファンタジー作品。
1982年2月号にて連載を開始し、映画制作などのため4度の中断期間を挟み、1994年3月号にて完結した。
1994年に第23回日本漫画家協会賞大賞、
1995年、第26回星雲賞コミック部門を受賞。
単行本の発行部数は累計1,200万部。

‐ウィキペディアより抜粋‐


このブログで宮崎作品を紹介するのは初めてかもしれないのですが。

僕も宮崎駿ファンタジーの大ファンです。
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宮崎駿先生の作品はアニメの印象が非常に強いですが、僕にとって、この「風の谷のナウシカ」【コミック版】

は特別なもので、これこそが宮崎駿作品だとの思いがあります。



アニメ版とは全くと言っていいほどストーリーや話の結末が異なっております。

20歳の時に初めて読み終えた風の谷のナウシカ【コミック版】は僕に大きな衝撃を与えました。

当時、環境問題というのは、どこか耳遠く感じ、「大切なんだろうけれど自分には関係のないもの」という意識でした。

しかし風の谷のナウシカ【コミック版】は、僕に真剣に環境問題、生命の成り立ち、人の命の在り方、勇気、思いやり

強さ、厳しさ…。そんなものを教えてくれた教科書的漫画だといえます。

なにか、心の中にどっしりとした居場所を確保してしまったのです。不思議な感覚でした。
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中でも最も印象に残った言葉は

「そんな簡易なマスクで腐海の猛毒の中を生きていけることを不思議に思わないのか?」

とナウシカが問われる場面です。


風の谷のナウシカの主人公ナウシカは登場シーンにおいて度々マスクをしており、これは腐海とよばれる有毒の植物の森から放たれる瘴気

(しょうき)から身を守るための物という設定でした。

しかし、物語の大どんでん返しとして、上記のような、これまでの設定を、あざ笑うかのような言葉がナウシカに向けて放たれるのです。

「どういうことだ? じゃあ、その環境で生きている我々とは何なのだ?」となるわけです。

アニメ版からは、到底読み取れないのですが、実はナウシカの原作の結末はこのようなものでした。

①ナウシカたちは腐海の毒に対して耐性を持つように作られた人工的な種族で、環境汚染前の人間によって人工的に作られた人間であった。

②ナウシカたちは、高濃度の瘴気の中では生きていけませんが、しかしまったく瘴気のない清浄な空気の中でも生きてはいけない。
 汚染した環境に合わせて作られたので、清浄な空気の中では肺から血を噴出して死んでしまう。
 清浄な地に憧れても、その身体では、そこには決して辿り着く事ができない。

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実はナウシカが自然な人間ではなかったというのはアニメしか観ていない方には、意外に思われるでしょう。

しかし僕は、この原作のコミック版の方にこそ、宮崎駿先生の鋭く重みのある主張を感じずにはいられません。


ところで

「マスク」・「大気汚染」

これらの言葉を聞いて、最近話題となっている中国からの飛来物のこのが頭によぎりませんか?

PM2.5と呼ばれるものです。


これから先の未来、私達は「そんなマスクで、この大気を吸って平気だと思っていたの?よくそんなもの使ってるね」と

ナウシカのようなに言われてしまような時が来ると思います。

それも、それほど遠い未来のことではないでしょう。

とはいえ宮崎駿先生は未来の預言書としてナウシカを描かれた訳ではないでしょう。

作品を読んでいて、なんとなくそんな気がします。

でもそこには私達が失ってはいけない環境、失ってはいけない健康、失ってはいけない人の心が描かれているような気がします。
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ニュースで観るPM2.5の話題からは「日本人に中国を嫌いにさせてやろう」という思惑を感じずにはおれません。

確かに隣国の環境破壊は私達にとっても深刻な問題ですが、それはかつての高度経済成長の時期に日本人である我々も通ってきた道です。


もちろんナウシカは一つの創作上の世界として描かれていますから、リアルな国際問題には当てはまらない部分があります。

しかし1982年に始まったこの漫画が、何故か再び力強く光って見えるのです。


最後にナウシカの名言をもう一つ

「命は闇の中のまたたく光だ!!」

「すべては闇から生まれ闇に帰る。お前たちも闇に帰るが良い!!」

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命を、ろうそくの火のようにしかイメージできなかった当時の僕には衝撃的でした。

そう、命は闇の中の瞬く光。


正にその通り。

僕は前世の事などを話題にしますが、それは「こうかな?ああかな?」という想像のイメージの世界です。


命の在り方、生き方としてはナウシカの言葉こそがリアルな手本です。


機会がありましたら是非、皆様もお手に取ってみてください。
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# by yusaku_voice | 2013-03-06 00:32 | Comments(2)
「気付く」のではなく「思い出す」


人は「気付く」のではなく「思い出す」のだろうか?
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僕は生まれ変わりを信じている。

「輪廻」とか「前世」とか、そういう類のもの。

僕は、これを昔から何となく感じていて、手塚治虫の「火の鳥」を読むことによって

他者に伝えられる感覚として心に持つことができた。

過去と今を結ぶ繋がり。

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前世や現世といった壮大なものでなくとも。

「繋がり」という言葉の重きことを知らない者は現在はいないだろう。

様々な方法で知人や友人との繋がりを保ち、その繋がりが目に見える形になって存在している現在。

多くの繋がりを持つ現代の人は日々どんなことを思うのだろう…。


過去に生きた別の私、生まれ変わる前の私、そんなものがあり、大きな意味で今の私と繋がっている。

それはきっと本当のことだと感じている。

であるならば、あたかも今新たに気が付いたかのように感じている新しい感覚や考えは

かつて、どこかで生きていた私がすでに感じたことのある懐かしい感覚なのかもしれない。

正確に言うと

「気付たもの」のではなく、

「思い出したもの」なのかもしれない。

僕はそんなふうに思っている。



現在、僕は何かあるたびに新鮮な感覚を心に宿したり、自分自身の変化を初めての体験として実感している。

はじめて到達したり、獲得したから感動があるのであって、

「思い出している」と言い表してしまえば、なんとなく感動の度合いは薄くなるかもしれない。

過去の自分も感じたことを、また現在で追体験しているということだから。



生まれ変わりや前世を肯定すると。

生きるうちで感じる感覚は、ほぼ全て初体験ではなく「知っていた」感覚といえるのかもしれない。

スマートフォンだったり、車のハンドルだったり、触れるものは時代と共に変わるけれど。

新しいものに触れた感動や不安は、いつの時代も同じだっただろう。



思春期の気付き、20歳の気付き、30歳の気付き。

今までは、新しく獲得したもののように感じていた。


でも、これからは僕は、そのようには感じないのかもしれない。

手塚治虫の描いた輪廻の輪のように。

便利さは広がり、機能や種類は多様化しても、

私たちは自分達の構成する大きな渦の中をまわり続けるような存在なのだろうか?

微生物に自分自身が寄生している宿主の形を知る方法はない。

私達は皆、途方もなく広いが、しかし制約され限られた世界で生きているのだろうから。


「遺伝的アルゴリズム」という言葉がある。

そして遺伝子によって定まる個体の形質は表現型とよばれるそうだ。


私たちの命の図面である遺伝子さえも、個々人が違う個性をもっているように見えて

実は人という、ある限られた範囲内の形質を持つという。


言葉でも行為でも感覚でも

人は人である事を

自分が自分であることを

そんな自分もやはり人である事を

表現せずには居られない似通った存在なのかもしれない。

「世界に一つだけの花」に異を唱える訳ではないのだか。


誰もが前世と繋がりをもち、「思い出しながら」生きているとしたら…。

そういう見方も面白いかもしれない。


あなたも明日、

初めて何かを感じるかのようにして、

過去にも感じたことのある感覚を「思い出す」のかもしれませんね。
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# by yusaku_voice | 2013-02-07 23:53 | Comments(2)
あなたは誰ですか?  ‐最後の晩餐の謎‐
あなたは誰ですか?  ‐最後の晩餐の謎‐
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皆様、YUSAKU VOICE02をご観覧頂き、ありがとうございます。

私的ダ・ヴィンチ シリーズ 第二弾ということで…。


最後の晩餐  という絵をご存知ですか?

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とても有名な壁画であり、テンペラ画の傑作とされています。

テンペラとは卵黄や蜂蜜・膠(にかわ)などを混ぜた不透明な絵の具の事です。

この壁画は1495年から制作され1498年に完成されました。


日頃からレオナルド・ダ・ヴィンチがとても好きで、画集などをよく見ております。

レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci)最後の晩餐の謎について

どうしても分からないことがあり調べてます。



ぜひ皆様も一緒に考えてみてください。

最近では「ダ・ヴィンチ コード」等の影響もあり、多くの方が興味をもたれたであろう問題についてです。

最後の晩餐のキリスト様の右横に描かれた、この人物についてです。
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男性なのか、女性なのか。

そもそも誰なのですか?

以後「この方」と記載します。



僕が中学生の時、「この方」について美術の先生に質問した時のやり取りを今でも覚えています。

「先生「この方」は女の人ですか?」

「いいえ、その人は男です、ユダです」

でも、全然違うことが今になってわかりました。

せんせー!!

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【最後の晩餐の登場人物紹介】

画面の左から順

バルトロマイ
テーブルの左端、つまりイエスからもっとも離れた位置におり、イエスの言葉を聞き取ろうと立ち上がった様子に描かれている。

小ヤコブ
イエスと容貌が似ていたとされる使徒。左手をペトロの方へ伸ばしている。

アンデレ
両手を胸のあたりに上げ、驚きのポーズを示す。

イスカリオテのユダ
イエスを裏切った代償としての銀貨30枚が入った金入れの袋を握るとされる。
ただし、マタイによる福音書では、イエスを引き渡した後で銀貨を受け取ることになっていたが、
ダヴィンチは、聖書にある「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」の表現が難しかったためではないかと言われている。

ペトロ
身を乗り出し、イエスの隣に座るヨハネに何か耳打ちしている。

ヨハネ?
十二使徒のうちもっとも年少で、聖書では「イエスの愛しておられた者がみ胸近く席についていた」と記されている。
中性的顔立ちと『ダ・ヴィンチ・コード』の影響からか女性と思われがちだが、それはこの作品を問わずレオナルドに良く見られる画風である。
(ヨハネによる福音書13章23節)

トマス
大ヤコブの背後から顔を出しており、体部は画面ではほとんど見えない。
右手の指を1本突き立てているのは、「裏切り者は1人だけですか」とイエスに問い掛けている姿と解釈されている。
左手はよく見るとテーブルの上に置かれている。

大ヤコブ
両手を広げ大袈裟な身振りをしている。

フィリポ
両手を胸にあて、イエスに訴えかけるような動作をしている。

マタイ
テーブル右端のマタイ、タダイ、シモンの3名は互いに顔を見合わせ、「今、主は何とおっしゃったのか」と問い掛けている風情である。
イエスから離れた位置に座る彼らにはイエスの言葉がはっきりと聞こえなかったのかもしれない。

ユダ ?
イエスの弟子のうち特に選ばれた十二人の使徒の一人。
イエスを裏切ったことから、裏切り者の代名詞として扱われることがある。

シモン

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【座位順(左から顔の配置順)】

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通説 版

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①バルトロマイ →②小ヤコブ→③アンデレ→④ユダ⑤ペトロ→⑥?

キリスト

⑦トマス→⑧大ヤコブ→⑨ヨハネ→⑩マタイ→⑪ユダ→⑫シモン

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最後の晩餐の専門書 版
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①バルトロマイ →②小ヤコブ→③アンデレ→④ユダ⑤ペトロ→⑥ヨハネ

キリスト

⑦トマス→⑧大ヤコブ→⑨フィリポ→⑩マタイ→⑪タダイ→⑫シモン

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座位順でさえも、色々な意見があります。

最後の晩餐という聖書における有名なシーンでさえ、人物の特定ができないのは、一体どうしてなのでしょう。

フィリポの為の習作
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ユダの為の習作
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私的な結論を述べてみたいと思います。


「この方」に関する僕の混乱の原因は

レオナルド・ダ・ヴィンチが絵画の中に仕込んだスコトマ(心理的盲点)の為だと思います。


このスコトマが巧妙だなと思うことは、位置的なスコトマ(描かれた場所によって見え難いこと)よりも、知識的スコトマを活用している事。

この絵が「キリストと12人の弟子(使徒)の絵」だと知っている人には「この方」は男性(虚像)に見え

何の知識も持たないで絵を観るもの(例えば子供とか)には「この方」は明らかに女性(実像)に見えるという仕掛け。


うーむ!

凄いですね!

(そうだとしたらですが)


この人物は明らかに女性であり、更には右横に座している事からキリストにとって弟子以上に親密な

信頼関係であることを表現する為の構図であり、それは直感的に見れば明らかなのに、聖書の知識

を持つ者には先入観が働き、思わぬ盲点を生み出すということではないかと思います。


ちなみに下記はインターネットで拾った専門的な通説です。

「イエスに寄りかかるのではなく、こちらから見て左のペトロのほうに体を傾けているのは、ペトロに耳打ち

されているか、答えているところだと解釈すれば良い」


ではもう一度見てみましょう。
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確かにペトロは耳打ちしているように見えます。

しかし「この方の」表情を見ると全くシックリきません。

この顔は悲壮感の漂う表情であり、虚しい諦めの笑顔にも見えます。

「この中に裏切り者? そんなことどうでもいいわ。そもそも全部、茶番劇なのよ」

とでも言っているように見えます。

そういうふうに見ると

キリスト様も

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「裏切り者の事も言ったし、ついてに俺達二人の事もしゃべれたらいいのになぁ。本当の事を全部しゃべっちゃおうかな…」

とでも言いたそうに見えてきます。 (キリスト様、ごめんなさい)



スコトマを更に深く追求すると、レオナルド・ダ・ヴィンチは最後の晩餐以降に「洗礼者ヨハネ」という中性的

な人物画を制作しており、この絵は名画ですが、万が一、教会などの追求を受けた時の一種の保険的要素

としても示されたのではないかと思います。

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上図の洗礼者ヨハネは中性的に描かれています。

ただし、やや男性寄りの中性ですね。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、ローマ教会(絵の発注者)にこのように説明したのではないでしょうか?

「キリストの右横の人物は聖書に則ってヨハネであり、その他の人物ではないのだと。

自分は、後にもヨハネを中性的に描いていることからも理解していただけるだろう」と。

しかしダ・ヴィンチはヨハネを思わせて、別の人物を描いたとしたら…」。

正確に言うとヨハネと「この方」をどちらにも見えるように、二重に描いたということだと思います。

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上図がヨハネであるとすれば、同じヨハネでも、女性寄りの中性です。

しかし僕には、どう見ても女性に見えるのです。

でも描かれた時代を考えてみると。

キリストの右横の人物が女性であるということは、当時絶対にあり得ないタブーだったはずです。

まさか画面に女性が描かれているなどとは想像すらしない事だったといえるでしょう。

キリストと十二人の弟子達の絵なのですから。(これも心理的スコトマですね。)

更に当時のローマ教会にとっての主たる存在は男性であり、男性でなくてはなりませんした。

レオナルド・ダ・ヴィンチが、この点にローマ教会の歪みと矛盾を感じていた可能性は大いにあります。


またレオナルド・ダ・ヴィンチは当時、他にも犯してはいけない教会的なタブーを犯しています。

受胎告知という絵の百合の花に雄しべと雌しべを描いたのです。

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白百合は純潔の象徴。そしてご存知の通り、「マリアは処女のまま」 という設定なので、

当時は雄しべと雌しべは省かれた形で白百合が描かれていました。

若いダ・ヴィンチのこの行為は批判の的となりました。


ではダ・ヴィンチは、危険を承知の上で、なぜそのような事をしたのでしょう?

そして最後の晩餐でも、そのようなことをしたのでしょう。

最後の晩餐は

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当時のローマ教会の腐敗を告発し、それによって歪められた長いキリスト教の歴史と人間の物語であり

その真実の告発は対象として当時の人にではなく、遠く長く未来に生きる人々に託されたのではないかと思います。

レオナルド・ダ・ヴィンチの思考は分かりませんが、僕はそのように解釈しました。

テーブル上のパンの位置が五線紙になぞらえた音符であり、実際に奏でるとレクイエム調の音楽となるという説もありますが、それは事実だとしても「絵画上の遊戯」の部分でありダ・ヴィンチのメッセージの主たるものではないように思います。

数年前に話題となったダ・ヴィンチコードでは、次のような説に基づいて説明されています。

「キリストは神ではなく人間の男性(預言者)であり、マグダラのマリアと結婚し、子を授かった」のだと。

「そしてその歴史はコンスタンチヌス ローマ皇帝により新約聖書として教会の都合よく修正(歪曲)された」

「キリストの血脈(子孫)は現在も途絶えておらず、マグダラのマリアの遺体はルーブル美術館の地下に眠っている」
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とのことです。

僕は、そこまでは分かりません。

真偽を見極めるだけの知識を持っていません。

ただ「この方」は悲しげで、言いたくても言えない心を秘めている女性なのだ と感じます。

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皆様の目には、どのように映ったでしょうか?


「この方」は本当にマグダラのマリア様なのでしょうか?

それはわかりません。

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マグダラのマリア (ペルジーノ作)




感想などあれば、お気軽に教えてくださいね。


また文章中に誤りがあった場合は、お詫びします。

※最後の晩餐には諸説あり、特に人物特定には解釈の違いがありえるかもしれません。

 このブログの掲載記事が個人的な考えを述べているものであり、他の解釈が多く存在しております

 ことを最後に述べさせていただきます。

 ありがとうございました。
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# by yusaku_voice | 2013-01-17 20:52 | Comments(0)
アイルワースのモナ・リザ  ‐もう一枚のモナリザ‐
アイルワースのモナ・リザ  ‐もう一枚のモナリザ‐


皆様は昨年の夏頃に話題となったアイルワースのモナ・リザをご存知でしょうか?


実は物凄く注目して、その動向を見ておりました。

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ちなみにアイルワースのモナリザが来日した「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想展」には、どうしても行く事ができませんでした。

うーん、悔しい。

ところで。

前回のブログ記事を観覧してくださった方で「あれ?」と思われた方は居られませんか?

実は「宮原 勇作的 絵画史上最も美しい女性は誰か?vol.2」の見出しの写真に使わせてもらった

写真こそ、アイルワースのモナリザの目の部分なのです。

そう。若いのです。

びっくりですね。
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アイルワースのモナリザの経緯は、こんな感じです。

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イタリア・ルネサンス美術の巨匠レオナルド・ダビンチがもう1枚の「モナリザ」を描いていたとする鑑定結果をスイス・チューリッヒ(Zurich)
のモナリザ財団(Mona Lisa Foundation)が発表したというのです。
パリのルーブル美術館に展示されている「モナリザ」より10年ほど前に描かれた未完成作で、ダビンチ本人による作品だと確認できたとしている。

2012年9月28日 朝日新聞より抜粋


1913年にアートコレクターのヒュー・ブレイカーがサマセットの貴族の家からこの絵を発見し、ロンドンのアイルワースにあるアトリエに運び込んだ。
この絵は第一次世界大戦中に安全な保管場所を求めてアメリカへ渡り、戦後になってからイタリアで調査が行われた。
1960年代にアメリカ人のヘンリー・ピューリツァーが購入し、絵をスイスの金庫に保管するとともに、「モナ・リザはどこにいる?」という
タイトルの本を自分の会社であるピューリッツァー・プレスから出版し、この絵こそレオナルドが描いたリザ・デル・ジョコンドの肖像画だという説を唱えた。
ピューリツァーの死後も絵はしばらくの間金庫におさめられたままだったが、2008年に匿名の財団が購入している。
レオナルドが2枚のモナリザを描いたという説は16世紀から語られていた。
ピューリツァーをふくめこの絵をレオナルドの作とする人間が依拠しているのは伝記作家ヴァザーリである。
彼はレオナルドが1503年にモナ・リザを描き始め、未完成のままに終わったと書いていたのである。
さらに同時代の画家ラファエロがモナ・リザをスケッチしており、それにはルーブル版のモナ・リザにはない円柱が描き込まれていたことも真作説を補強する材料となった。


Wikipediaより抜粋
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僕が二枚のモナリザを見比べて感じたこと。
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それは「アイルワース版モナリザ。これはダ・ヴィンチの作品ではない気がする」という印象でした。

モナリザの模写として他者(弟子?)によって描かれたものではないでしょうか?

そして、そこに作者の願望や好奇心が投影された感じがします。

「もしモナリザが若かったら、どのような容姿で、どのような微笑みを見せていたのか?」と

そして「若く、つややかな肌と健康的な唇の色をもったモナリザを見てみたい(描きたい)という作者の願望。

その表情を見ていても、ホッとする何かがあります。

安らかな、優しい顔のモナリザです。

優しく美しく、そして若い。

この絵を描いた人は間違いなく男性ですね。

それもダ・ヴィンチのような美男子好きの男性ではなく、女性が大好きな男性によって描かれているのでは?と感じます。

ダ・ヴィンチは、女性に対して優しく、美しく、若くという理想像を持っていたでしょうか?

どちらかというと、女性を母性的に(もしくは、さめた目で)描いていたように感じます。

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もしこれがモナリザのモデルとなったジョコンダ婦人の若かりし頃が描かれていなかったとしたら、大変な技巧もって描かれた名画と思います。

500年前にスフマート(煙・霧の意)という技法を編み出したレオナルド・ダ・ヴィンチ。

更にモナリザ以前に描かれたとされるアイルワースのモナリザ。

技法は非常に精緻(せいち)であり、スフマート技法によって描かれた絵画に間違いはないと思います。

でもこれは残念ながら「精巧な贋作」に部類するものではないか?と僕は思います。

僕の根拠は手の輪郭と陰影の処理。

顔の陰影の付け方(特に目の周辺)はダ・ヴィンチの作かと思わせるものを感じます。

しかし手の陰影や輪郭線、あごから首にかけての影の落ち方。

またダ・ヴィンチがとても大切にしたと言われている、空気感・空間感の処理に違いがないでしょうか?

「黒の使い方」も違う気がするのです。 

そしてダ・ヴィンチ独特の陰影の捉え方と異なるような・・・。


一作目だから技巧的には少し未完成なところがあっても…。 という考えもあるでしょう。

でもこの絵はダ・ヴィンチとは違う感覚を持った人間の作だと感じます。

正に「似て非なるもの」という言葉が当てはまります。

そういう目で見れば、「ダ・ヴィンチになりたかった誰かの作」という考えもあると思います。

その考えでしっくりくるのは弟子の存在ですが、それにしては精緻過ぎる気がするし・・・。

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裏腹に聞こえるかもしれませんが。

僕はアイルワースのモナリザが本当にダ・ヴィンチの作である決定的な証拠が出て来たら、もっと面白いのに思います。

例えば、筆先を使ってキャンバスに色を置いたダ・ヴィンチが、その色をぼかす際に付けられたダ・ヴィンチの指紋とか。

もしこの絵がダ・ヴィンチの作であれば、

「気難しく」 「美男子好きの」 「孤高で万能の天才」という少し硬めの人物像が大きく変わります。



さて話題を戻し。

この絵は大変美しい絵です。そして驚嘆すべき技術の高さがあります。

でもダ・ヴィンチとは何か違う気がするのです。


皆様はどのようにお感じでしょうか?


最後になりましたが、これはあくまで私的な意見であり、また実物を見ていない者の意見ですので、

その点は、どうぞ聞き流す程度に聞いてやってください。

いずれにせよ、ダ・ヴィンチの新たなミステリーが生まれて嬉しいです。


次回の記事もダ・ヴィンチを取り上げてみたいと思います。
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# by yusaku_voice | 2013-01-14 18:37 | Comments(2)
絵画史上最も美しい女性は誰か?vol.2
宮原 勇作的 絵画史上最も美しい女性は誰か?vo.l2
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前回の 「宮原勇作的 絵画史上最も美しい女性は誰か?」のvol,2です。

前回は大御所ともいえる有名絵画を中心にお届けしましたが、今回は誰もが知っている訳ではないが

非常に有名で、かつ有名な名画に引けをとることのない名画を、私的な基準の選定ではありますが、取り上げてみました。

今回はダ・ヴィンチやフェルメールといった絵画は登場しませんが、むしろ僕は、こういった超有名ではない絵画の中にある

美女に言い知れぬ好感を抱きますし、その度に美人画というジャンルがいつの時代も人を惹き付けて止まないのだなと感じます。

ところで超有名ではないと言いましたが、今回の作品も実はどの作品も超有名であり、恐れ多くも美の巨匠達の、

しかも人生の一枚と言える代表作の中の一枚であることを補足させていただきます。


それではお楽しみ下さい。 
画像の大きさが、バラバラで申し訳ありません。


前回の宮原勇作的 絵画史上最も美しい女性は誰か? に多くのメッセージを頂きました。

本当にありがとうございます。

この場を借りまして感謝の言葉を述べさせていただきます。


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ジョン・シンガー・サージェント John Singer Sargent

前回も紹介させていただきましたサージェント氏の絵画 幾度となく紹介しております。
カーネーション、リリー、リリー、ローズ  という名前の作品です。

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ヴィルヘルム・ハンマースホイ Vilhelm Hammershøi

ハンマースホイは生前にはデンマークを代表する画家として、特に国外で名声を得たましたが、その死後は急速に忘れられていった。 耳がツーンとしそうな、静寂感 無音感には脱帽します。

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アボット・ハンダーソン・セイヤー Abbott Handerson Thayer

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ニコラ ギジ Nikolaos Gyzis

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ロレッタ ラックス LORETTA LUX

ドイツの女性写真家。絵画ではなくデジタル加工した写真のようです。

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アンドレアス メラー Andreas Moller 

女帝マリア・テレジアの肖像です。僕の言い方で「魔女感」極まれりです。
あえて違う画像を掲載します。一枚目は画質の良い部分像、二枚目は陰影が濃く、粒子が粗い全体像です。全く印象が異なりますね。ちなみに二枚目の映り方が好きです。

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マリアンヌ ストークス Marianne Stokes

う、美しい…。

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ベルト・モリゾ Berthe Morisot

ベルト・モリゾ氏も有名な女流画家ですが、さわやかな風のようなタッチで描かれた彼女の作品の多くが
大変良い生活の中の女性の表情を表しているなと感じます。
こういった世界観は女性にしか描けないものなのかもしれません。

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エリザベート ルイーズ ヴィジェ ルブラン Marie Élisabeth-Louise Vigée Le Brun

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モイズ・キスリング Moïse Kisling

皆様、私的な遊びにお付き合い頂きありがとうございます。

2回目となる 絵画史上最も美しい女性は誰か?
という問題の答えなのですが、皆様は如何でしたでしょうか?
好きな作家の作品が出てきましたか?

僕はこの記事を書くにあたり、できるだけの調査をして吟味してみました。

ましてや美人のランキングを作るのですから力も入ります。

どの作品も息を呑む美しさであり、ため息の出る美しさでした。

そしてその中で最も美しい人は一体誰なのか?


それはもうちょっと考えてみます。
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# by yusaku_voice | 2013-01-12 22:56 | Comments(0)



宮原勇作の絵画制作を伝えるブログ
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Miyahara Yusaku
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1979年生まれ
滋賀県在住
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