VOICE02 -Yusaku Arts Works-
制作の心


先日、とても良い言葉に出会えましたので、皆様にもお伝えしたいと思います。

この言葉は富士山を撮影されている、ある写真家の方の言葉だということです。

何かモノを作っている人(広い意味で)が心に留めるべき宝石のように価値のある言葉だと思います。

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「神様、この☆☆☆を作品にしたいので、どうかエネルギーを下さい。

僕は何者でもありません。このエネルギーを僕がアンテナになって地上に流します」




※(☆には様々なものが入ります)



この考え方は美しい。

何かを制作する者は、あくまで大きな力を流す結節点や糸のような存在でしかなく

それは自力ではなく、どこかから与えられるものだ。

そして自分がそのエネルギーを受信するアンテナになるという考え方。


この言葉には、一作家の主義思想やコダワリではなく、

透明(純粋)で力強い覚悟を感じさせます。

素晴らしいのは私自身ではないと初めに言い切っているようにも聞こえます。

僕はこのような言葉に出会えて幸せに思います。


絵も、様々な芸術も、最新の機器も、もしかしたら人でさえ、作品と呼べるものかもしれません。


そんな作品の中に、このような精神が宿っているならば、それは万人を幸せにしうるものかも知れませんね。
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# by yusaku_voice | 2013-07-20 23:55 | Comments(0)
言葉は命なのか
言葉では言えない。

言葉なんて…。

言葉より大切な…。
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言葉より大切な何かを問いかけるものは多い。


もしくは

言葉は心より軽い

そんな風潮を感じたことがあります。



でも本当にそうかな?

最近、特に強くそう思うようになりました。


もしかしたら言葉こそ命なのでは?と

政治家、小説家、批評家。

言葉が命の職業があります。

でも職業的で責任を伴うという意味ではなく。


自分が生きているうちに書いたり言ったりする言葉

それは、その人の生き様を示す

放たれる波動のようなものかもしれないと。


そしてもう少し言うと

言葉こそが、人が選択できる生き方なのかもしれないと。

例え運命というものがあり、だいたいの事が決まっていたとしても。



物の様に人が受け取り、記憶に残るもの。

地図よりも人が左右されるもの。

大金よりも身近にあるもの。

それが言葉なのではないか?と思う。

「その人は、その人の放つ言葉のような人生を送る」という人もいる。


放つ言葉が人を作る?

僕はそう思い始めている。

言葉とは、その人の命のほとばしりなのかもしれない。


自分が良い命のほとばしりを放つことはもちろん。

良い命のほとばしりのある場に自分の居場所があればと思う。


そして、もう一つ

見落としがちなもの。

それは自分自身は、自分にとって最も身近な環境要因だということ。



例え独り言であっても、自分の言葉が自分に与えている影響は?

そんなことを思う。

というより振り返る。
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# by yusaku_voice | 2013-04-28 18:53 | Comments(0)
忘れていた・思い出した。
60

これは現在のyusaku voice02の一日当たりの平均アクセス数。

プレミア契約をしていないのでスマートフォンからのアクセス数は分かりません。


多い少ないは別として、皆様、本当にありがとうございます。


普段、僕のブログを見て下さっている方に僕が伝えたい事。


それは宮原勇作が在るということ。


今日こんな記事を書くのはアクセス数を公開したかった訳でもなく、

実は観覧して下さっている方にお礼を言いたかったからでもないのです。


今日のこの記事はタイトル通り。


恥ずかしいことに「忘れていて」「思い出した」ことがあったからです。


僕が忘れていて思い出したことというのは「なりたかった自分」


思い返すと、なりたかった自分に一番近かったのは

著名な方から仕事の依頼をもらった時でも、テレビや新聞に出た時でもなかった。


それは、絵(展示会)で人を驚かせたり、喜んでもらったり

そうするには、どうしたらいいのかを必死で思案したり。

努力と感じることもなく、努力らしきものをしていたり。

友達とたくさん話し、喧嘩をし、恋に泣き笑い


はたまた、さっき埼玉に居たのに一時間後には神奈川に居たり

ニューヨークのセントラルパークにタオルと財布だけ持って歩いていたりした。


頭の先から強い電波を発していて仲間を探していた。

今思えば、会いたい人に会えていた。

根拠なく自信があり、自分は世界的にも有名な画家になるという嘘を毎日ついてた。

分かってもらえないことが多かったが落ち込まなかった。


面白い漫画を表紙だけで感じ取れる、特殊な能力があった。(漫画に限らず)

5日間、断水断食をした。

猪から逃げたり、猿に石を投げたりした。

赤色の服が好きだった。

雨の素晴らしさを教えてもらった。

沢山、歌を歌って、間違ってそれで雑誌の表紙になったりテレビに出たりして

地元で親がそれを見ていたので恥ずかしかった。

テレビ局に行ってエレベーターで広末涼子に会って、話しかけたら無視された。

「この椅子には座りたくない」と言ったら、なぜが気に入られた。

明確に勝ちと負けがあった。

友達にはサラリーマンもスポーツ選手も、画家以外の様々な人種があり、そもそもそれが関係なかった。

友達が有名人になった。

力を使い果たして寝た。

語り尽くせない色々な事があった。


沢山、沢山。

それが自分に起こっていた。


- そんな自分を自分が忘れていった。恥たのかもしれない -



いつの間にか、念じることを無駄な事と感じるようになり。

言霊を飛ばさなくなり。

仕事は完成度であり、その過程や、そこにある葛藤を排除すべきだと思うようになった。

自分の話ではなく、人の話をするようになった。

人とは?と問うより、大人とは?と問うようになった。

自分にかけられている生命保険を気にしたり、年金を支払えているかを気にしたりして

仲間を求める電波も出さなくなった。

やたらと安心したくなった。安定したくなった。

年々、体力が衰えていくと思い込んでいた。

絵を描いていたが、なりたい自分を描かなくなった。

弱小会社の画家・宮原勇作に就職し勤務するようになり、時間に追われて、干からびて家に帰った。

知ったかのマーケティングのつもりで、その地域や、そこに居る人の所為にした。

飽きるぐらいに遊んでいた友達とが会わなくなった。

以前に比べ、圧倒的に長い時間座っていた。


自分が無知であることを知らず、感知していないことに気が付かない。

人が自分のことをよく知っていることを知らなかった。

感謝をしなかった。




そして現在

過去の自分には、いくつもの間違いがあったと思う。

けれど、あの頃の自分は、知ることができる場所に無意識に向かい、感じることができる場所に居た。

人を多く傷つけたが、別の形で人を笑顔にもできた。


生きている中で味わう痛みの種類を少ししか知らず、同情をしなかったので迷うこともなかった。

善し悪しだ。

だが立ち止まり迷う者は、ただ迷い立ち止まるというだけで色々なものを失っていく。


実はそんなヒリヒリとした感覚の中に自分は居て、事実全ての人がそうであることを思う。


描くということの本当の意味は「自分を描く」ことであり、実は支持体はキャンバスではない。


一流の料理人が作った「卵かけご飯」は芸術であり、一流の人の言葉は言霊である。



その言霊は人を安心させ、時に自分と向き合わせ、それ自体に力が宿っている。


それは正しい力であり、決して人を焦らせたり、怖がらせたり、不安にさせて変化させるものではない。


人を幸せにする力は、誰にでも備わっており、それは僕にも、あなたにもある。

僕はその最も良い形と出し方を知っている。

出すか出さないか、言うか言わないか、白か黒か、必要か不必要か。


それを自分が決めている。


自分の描く自分が

自分の未来を作っていくこと、人と出会わせていくこと、言霊を生成していくことを


忘れていた・思い出した。


そして今は人に感謝の心を持てる。

少し昔の事を思い出させてくれたのは自分自身ではない。


「なりたい自分」を描こう。
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# by yusaku_voice | 2013-04-11 05:05 | Comments(2)
miyahara yusaku museum から miyahara yusakuへ
miyahara yusakumuseum から miyahara yusakuへ


ホームページの改装が6割ほど進みました。

今回の改装では更新のできていなかったコンテンツを削除して展示会の記録等を充実させたり

各ページのイメージを変えたりしております。

http://yusaku.dee.cc/

ホームページのタイトルの変更は大きな意味はないのですが、これも無駄をなくす意味でそうしました。

当初は絵画以外にも様々な作品を掲載しておりましたので、生意気にもmuseumと銘打っておりましたが

やかり絵が主体のサイトですし宮原勇作の今後が、これまで以上に絵を主として描いていく考えですので

そのようにしました。


自分の未来を決めるための初めの行動とはなんでしょう。

それは明確に思い描くことだと思います。

そして人との出会いですね。

これは大きなものです。

人との出会いは、どれだけのアンテナを自分の頭に立てているかで決まっていくと思います。

引き合わない人とは、どれほど近所に住んでいても引き合うことはありません。

人の発している電波は世界中どこに居てても受信可能であると信じます。


僕も自分のサイトと共に、人間的にも画家としても成長し、僕の絵を見てくださる方に感謝を示しながら

制作を進めていけたらと思っております。



宮原 勇作
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# by yusaku_voice | 2013-04-02 19:23 | Comments(0)
Miyahara Yusaku Museum 改装中


只今宮原勇作公式ホームページ Miyahara Yusaku Museum を改装しております。


正常な観覧ができずご迷惑をおかけ致しますが、もうしばらくの間お持ち下さい。

申し訳ございません。


2013年3月24日 
宮原勇作
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# by yusaku_voice | 2013-03-24 15:05 | Comments(0)



宮原勇作の絵画制作を伝えるブログ
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Miyahara Yusaku
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1979年生まれ
滋賀県在住
・・・・・・・・・・・・・・・・・

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